スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

個人的アニメ哲学

哲学なのに個人的(哲学)

個人的なアニメの基準として、「いつでもそのアニメの世界に浸れることが出来る」アニメを良アニメの基準としている
世界に浸れるなんて言っているけど要は

・登場人物に感情移入が出来る
・アニメの世界についての考察が捗る

の2点がそろってるアニメってことなんですよね

あと個人的って言ったけど正直何が良アニメで何がクソアニメかって話をする時にはこの基準を使ってもらいたい
最低でもこの2点を抑えておいてもらわないと盲目的に好きなんだと思わざるを得ない
特に理由もなく「このアニメが良アニメじゃなかったらなんなんだ」とか言われましてもこっちとしては
「そのアニメより良いアニメなんかいくらでもあるわハゲが」という感情しかわいてこない
逆にこの2点さえあれば、「このシーンのこのキャラの、こういういきさつがあってのこういう言葉が好き」だとか、
「この世界にはこういう仕組みがあって、その仕組みの中でキャラがこういう工夫をするから好き」だとか、
「この世界はこういったバックグラウンドがあったからこういう考え方に基づいてる」だとか、そういう具体的な話ができる
それができて初めて「このアニメは良アニメだと思う」といえると思うんですよね(過激派)

こういう話が出来る友人がほしい(迫真)

コメントの投稿

それではそんなお話を私の方から投げかけたいと思います。

ABで日向はユイに結婚してやんよと言いました。しかしあの告白はいささか不可解ですよね?

なぜなら死後の世界で消えたら、どこに行くのか、またはどうなるのかは劇中で一切明かされてませんから。SSS内ではミジンコになると冗談のように囁かれてますが、実際のところは誰にもわからない。

あの世界で消えたらまた人間に生まれ変わる保証なんてどこにもない。

さらにいえば日向は生まれ変わったユイと結婚すると言っているのではなく、五体不満足な《過去》の生前のユイと結婚すると宣言してます。

そしてユイの世話をしているユイのお母さんも守ると。

これをどう見ます?

>>ゆいにゃん

あのシーンでの日向の告白は、「約束」ではなく「卒業生の背中を押してやる送辞」のようなものだと考えています。

あの世界は、生きていたころの理不尽な人生に抗い続ける者たちに
あの人生はそんなに悪いものではなかったと気づいてもらうための世界です。

ユイは五体不満足であることを、母親に迷惑をかけていたことをひどく負い目に感じていた
それはあの世界においても同じで、だからあの世界から卒業できないでいました。
そんな彼女に対して、
「歩けなくても、立てなくても、もし、子供が産めなくても!
 …それでも、俺はお前と結婚してやんよ!」
という日向の言葉は、障害を抱えていても関係ない 障害は問題になり得ないということを教えてくれたのです。

この言葉によってユイは「五体不満足だったあの人生も、失望するほど悪いものではなかった」と思えたのです。
だから日向の言葉を受け取ったユイはあの世界から卒業していきました。

逆に言えば、"五体不満足な《過去》の生前のユイと結婚する"でなければだめなのです。
ユイがあの人生を受け入れるためには、「今のユイ」ではなく「《過去》の生前のユイ」を受け入れてあげる必要があったのです。
まあ日向がそれを分かってて言ったのかは定かではありませんがね。
非公開コメント

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
タイムライン
このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。